
入口には沢山のサンゴの化石。展示室に入ると、天井に巨大な鯨の骨格標本がぶら下がっています。先カンブリア紀の奇妙な生物達の化石などもあり、展示室1階はほとんどが石の展示になっています。ヒスイなど見るといつぞやの塩の道の行脚を思い出してしまいます。小さいのでも買って置けばよかったかなあなんて。図鑑や教科書でしか見たことの無かった「月のお下がり」(巻貝の中に珪酸や石灰が満たされてできた化石。月のウサギのウンコだとされた)や「高師小僧」(沼地の植物の根に酸化鉄や水酸化鉄が凝集して高さ5cmくらいのコケシ状になった鉱物)なんかも見ることができて有意義でした。
帰り道はずっと青葉山を歩いて下りました。美術館の辺りから北に向い、広瀬川を越え、宮城県知事公館に行きました。ここの門は、旧仙台城の門なのです。

さらに北の方に歩いていき、子平町というところへ行きます。ここには龍雲院というお寺があって、林子平(海国兵談作者・)、細谷十太夫(伊達藩隠密烏組大将・1907年没)万城目正(りんごの唄の作曲者)などの墓所です。並木路子さんの植えた樹があります。確認しなかったけど、多分林檎の樹だったのでしょう。

境内には林子平考案の日時計などもありました。野外においてあるのでおそらく復元品なのでしょう。太い針金を折り曲げたものが南北に沿うように石版につけられていて、この針金の影が時刻を示すようになっています。

その後南に向かい、大崎八幡社を詣でました。社殿はきらびやか。奉納された数々の短冊が、七夕祭りの近いことを告げています。

次におとづれたのは仙台市民プール。泳ぎに行ったのではなくて、ここに「キリシタン殉教の碑」があると聞いていたからです。林の中の暗い道を歩くとそれがありました。元和9-10年のことだったそうです。撮影していると碑の裏側でごそごそ言う音がします。どうやら、ここを住処としている方がいらしたようです。画像の左側にブルーシートが見えていますよね。

殉教碑そばの古本屋なども冷やかして、ホテルまで歩いて帰りました。夕食のいいところを探してみましたがこれといったところが見つからず、結局ホテルの和食レストランでちょっと引っ掛けました。どれもこれもそれなりに美味いのですが、何か物足りないような気がします。仙台は東北随一の都市ですが、東北を代表するということが帰って仙台という地方としての特色を希薄にしているのではないかと思ったのです。でも、「ばくらい」(ほやとなまこの内臓=このわたの塩辛)は日本酒に良く合うのでした。

翌日も仙台観光。やはり博物館類似施設中心です。普通、松島とか多賀城とか行くんでしょうけどね。それはまた未来の楽しみということで。